認知症の方が施設に入居すると、慣れ親しんだ自宅を離れることで「家に帰りたい」という帰宅願望を強く訴えることがあります。環境の変化は不安や混乱を招きやすく、本人の尊厳を守りながら安心して過ごせる空間づくりが求められます。
この記事では、実際のケースをもとに「生活習慣」「人間関係」「三大介護」「個性的空間づくり」「役割づくり」の5つの取り組みを紹介し、認知症の方が施設でも自分らしく穏やかに暮らせる工夫を解説します。
介護職や施設スタッフ、関係者の方が現場で活用できる具体的な方法をお伝えします。
80代男性のケース紹介:認知症の帰宅願望に向き合う
80代・男性、要介護3の方です。入居直後から「帰してくれ」と夜間も歩き続ける日々が続きました。家族4人で暮らしていましたが、お子様は独立し、奥様は他界。認知機能の低下により一人暮らしが難しくなり施設へ入居されました。
なぜ自分が施設にいるのか理解できず、不安や混乱が行動に表れていました。ご本人のこれまでの人生やご自宅での生活リズム、人間関係、楽しみを丁寧に把握し、「その人らしい暮らし」を施設でも再現する支援から始めました。徐々に「ここに居てもいい」という安心感が芽生えていったのです。
家のような施設づくりに必要な5つの取り組み
認知症の方の帰宅願望に寄り添いながら、家のような施設づくりを目指すために重要な5つの取り組みをご紹介します。
1.生活習慣を変えない

ご自宅での生活リズムをできる限り継続する
認知症の方にとって、環境や時間の変化は大きな不安になります。
まずご家族に協力をお願いし、ご自宅での1日の流れ(起床・食事・入浴・趣味など)を丁寧に聞き取り、施設でも同様のスケジュールを組みます。
この方は、自宅では「一人の時間によく音楽を聴いていた」そうです。
そこで、好きな歌手のCDとCDデッキを居室に用意し、いつものように音楽に耳を傾けられる時間をつくりました。認知症の方にとって、環境や時間の変化は大きな不安になります。
2.人間関係を変えない
なじみのある人・関係性を新たな環境でも
施設に入ることで、家族や近所とのつながりが薄れるのは避けられません。
そこで入居初期には2日に1回の面会をお願いし、「なじみの関係」を意識してつくっていきました。
また、認知症の進行度が近い方と食事やレクリエーションの時間を共有してもらい、会話は覚えていなくても“顔見知り”の安心感が生まれるよう工夫しました。
スタッフも、「なにかあったら助けてくれる人」として信頼してもらえるよう入浴介助や日常のやりとりを通して関係づくりを重ねました。
3.三大介護を“普通の暮らし”として行う

食事・排泄・入浴を「できることは自分で」
認知症の方にとって、「当たり前の暮らし」を続けることが何よりの安定になります。
認知症があるからと機械浴を使うことが必ずしも良いわけではありません。
この方も、できる限り家庭と同じように、自分でできることは自分で。
トイレが使えるなら連れて行く、食事が食べられるなら食べてもらう。
“やってあげる”より“できる環境をつくる”ことが支援の軸になります。
4.個性的な空間づくり
「自分の家」に近づける工夫を
施設入居時には、自宅で使用していた家具・食器などをできるだけ持参してもらいました。
見慣れた物、使い慣れた物に囲まれることで、「ここは私の場所」という感覚が少しずつ育まれていきます。特に、椅子(ソファー)は使い慣れていると、安心する場所となります。
5.一人ひとりの役割づくり
「誰かのためにできること」で自信と居場所を
この方は、かつて「土いじり」が好きだったとご家族から伺いました。
そこで施設の屋上にある庭園に本人専用のスペースを設け、植物の世話を日課にしていただきました。
最初はスタッフの声かけが必要でしたが、やがて自発的に水やりや成長の確認をされるように。
その姿は、まるで「我が家の庭仕事をする日常」そのものでした。

まとめ
この方は、最初は「自分の家ではない」と感じて居室に戻らず施設内を徘徊していましたが、本人に合った居室環境と生活支援によって居心地が良くなり、徐々に「私の家に勝手に入ってこないで」と自分の空間を大切にする気持ちの変化が見られました。
生活習慣や人間関係を尊重し、三大介護の基本に立ち返りつつ、個性的な空間づくりや役割づくりを通じて、認知症の方の帰宅願望を和らげ、安心できる施設生活を実現しています。
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そんな支援を続けたからこそ、「ここは私の家」と語る本人の言葉が生まれました。
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「介護する側」から一歩引いて、「ともに生きる」という視点をもらえたことで、
目の前のケアの意味を改めて考えるきっかけになりました。
ちょっと立ち止まって振り返りたいときに、読んでみる価値ありです。
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